5. “Se prohíbe fijar … ?” 「見ちゃあいけないもの?」
初めてスペインに行った1980年ごろ、街のあちこちで "SE PROHIBE FIJAR" というような標語を見かけた。 "PROHIBIDO FIJAR…" などと書いてある場合もある。建物の外壁やシャッター扉などに、ペンキで、落書きみたいな感じで書いてあった。
"FIJARSE" というのは再帰動詞のひとつで、普通は fijarse en ナニナニ で「ナニナニを良く見る、注視する」「ナニナニに注目する」という風に使われることが多い。
El profesor se ha fijado en sus cualidades. 「先生は彼の資質に注目した」
Me fijaré en cómo lo haces 「あなたがどうやるのか見てるわ」というように。
で当時の筆者は "SE PROHIBE FIJAR" と書かれた壁を見て、「注目禁止ってぇ、一体ナニに注目してはいけない、ナニを見るなと言ってるんだろう??? 何か見ちゃいけないものでも置いてあるんだろうか・・・」と、首をかしげていたのだった。
ある時遂に、その疑問を質す機会が訪れた。スペイン人の友だち数人と歩いているところで、この落書きを見たか、思い出したかしたのです。あれは一体ナニに fijarse しちゃいけないと言ってるの? と問うと、彼らは笑って答えた。
あれは正しくは SE PROHIBE FIJAR CARTELES、つまり「貼り紙禁止」ってことだけど、その "CARTELES" の部分が消えちゃってんだよ…
そんなアホな! どこで見たのも全部その部分が消えてたよ。 PROHIBIDO FIJAR の方も同じだったよ。そんな偶然てあるのか!???
あったんですね。筆者の見た標語は、何故かその全てが不完全だったのだ。
で最初の "SE" が "FIJARSE EN" の "SE" だと勝手に解釈した私は、 "EN" 以下がなくて首をかしげていたのだが、実はこの "SE" は "PROHIBIRSE" の "SE" だったのでした。
ついでに言うと、この "SE PROHIBE…" は「無人称」の再帰動詞、ということになるでしょう。
スペイン語には一見「人称」があるように見えて、実は「無人称」という表現の仕方が結構ある。
よく使われるのは一人称複数形 (Prohibimos fijar carteles) と、受身のようにも見えるこの再帰動詞の三人称単数形。
他にも二人称単数形を使ったり、"SER" や "ESTAR" を使った受身の形で「無人称」の文を作ることもある。
これらは全て、自分ではなく他の人間が言ってるかのような人称を使って、或いは誰が言ってるのか分からない形にして、責任をぼかす方法とも言える。
店のシャッターにポスターを貼られるのにウンザリした店主が個人的に Yo prohíbo という代わりに "PROHIBIDO" とか "SE PROHIBE" と書けば、何だか法律で禁止されてるみたいでしょ? いや、実際に条例とかで禁止されてるかもしれませんが…
それでも懲りずにポスターを貼る連中と、それを剥がす人たちの間で、長い年月イタチごっこが繰り返された挙句に "CARTELES" の部分が剥げ落ちてしまったのかも知れない…??
尚 FIJARSE だけだと自らを FIJAR 、つまりフィックスするわけなので、強いて言えば「とどまる」、「じっとする」というような意味になる。ナニが禁止されてるのか分からなかったという私に、スペイン人の一人は「それで、あなた、どうしたの? そこから走って逃げたの?」と言って笑った。そうか、Se prohíbe fijar だけだと、スペイン人はそっちの意味に取るのか・・・つまり Se prohíbe fijarse ということで、「(ここに)とどまってはいけない」となるわけですね?
"FIJARSE" スナワチ "FIJARSE EN" だと思っていた筆者は、逃げだしたりせずに、ただ「じっとして」、ナニを見ちゃいけないんだろう…と、ヒタスラ考えをめぐらせていたのですね、
何か見ちゃぁいけないようなアヤシイものがあるんだろうかなんて・・・自分の僅かな知識だけで、知らないことまで想像してたわけです。でもまあ、街の落書きなんかを「良く見て」いたとは言えるかも知れないけど・・・!?