象は鼻が長い?

「象は鼻が長い」には何故主語が2つあるのか? 「象の鼻は長い」とどう違うのか? amteurlinguist が考える日本語の構文

11. 象は鼻が長い

いよいよ『象は鼻が長い』の最終回です。
最初に数回に渡って述べて来たスペイン語的(スペイン語の構文分析を参考にした)構文分析について簡単にまとめてみます。

単文:主語と述語動詞ワンセットから成る単位。主語は省略される事がある。
述語動詞が自動詞である S+V 文型、他動詞である S+V+O 文型(直接目的語を伴う)と S+V+O+O 文型(直接目的と間接目的の両方がある)は英語の構文分析とほぼ同様。
英語と大きく違うのは、英語の Be 動詞に当たる動詞を述語とする文型で、英語の Be 動詞に当たるものはスペイン語の構文分析では Cópula(ツナギ)と呼ばれ、これを含む述語は他の動詞を含む述語と区別して『名詞的述語』と呼ばれる。
英語の構文分析で S+V+C とされる文型は、スペイン語ではS+Cópula(ツナギ)+Atributo(属性詞)からなる『名詞的述語文』とされ、他の動詞からなる『動詞的述語文』と区別されている。

重文:単文二つ、つまり述語動詞が二つ以上で構成される複合文の内、その単文同士の関係が同等のもの。省略されていない主語の助詞は全て『は』。

複文:、二つ以上の単文から構成される複合文の内、その単文同士の関係が同等でなく、ひとつが主文、それ以外が従属文と見做されるもの。単文の主語につく助詞は、主文においては『は』、従属文では『が』又は『の』が使われる。

さて、上の名詞的述語文、例えば「象は〜〜」という文の術部「〜〜」には、「大きい」という形容詞や「動物(です)」といった名詞が入り、更にはそれらを形容・修飾する単語や句、そして関係詞節(=文)を伴う事ができる。
例えば「大きい」という形容詞を術部とする名詞的述語文は、

a. 象はとても大きい。
b. 象はライオンより大きい。
c. 象は(彼が)想像していたより大きかった。

という風に、その大きさを更に説明する単語や句、節を付け足す事ができる。

c. の文では「彼は想像してしていた」という単文が『名詞的述語文』の述語(=属性詞)「大きかった」を修飾する形容詞節(従属節)となる為、主語をあらわす『は』が『が』に変化したと考えられますよね?

ここで、「象は〜〜」の「〜〜」のところ、つまり名詞的述語の Atributo(属性詞)自体に、もうひとつの名詞的述語文「鼻は長い」が組み込まれたら、どうなるか?

「鼻は長い」という名詞的述語文は従属節となって、主語の『は』は『が』に変わり………「象は鼻が長い」になるのでは?

つまり、『象は鼻が長い』という文は『象は〜〜』という名詞的述語文の「〜〜」のところ= Atributo(属性詞)の部分に、例えば「大きい」という単語(形容詞)の代わりに、「鼻は長い」という別の名詞的述語文が入った複文なのではないか? いや、きっとそうに違いない…

そう、『象は鼻が長い』は複文なのだ! だから主語が2つあっても全然おかしくないのだ!!(※ 注 1)


今から35年以上前、2年間のスペイン語学留学を終えて帰って来た日本で、日本語の色々な文を考えては、それをスペイン語の構文分析を使って分析できないかと、色々試して行く過程で閃いたのが、この仮説です。

客観的に見ると、これは素人の仮説にしか過ぎない。
でも35年以上の間、折に触れて思い出し、その度に頷いて来た仮説。
それならば、その仮説を整理して、何らかの形でまとめてみよう…そう思いついてからでも、10年以上も経ってしまった…
仕事、趣味、家族のサポート…人生は必ずしも思った通りには展開しないのです。

おまけに構文分析というのは普通の語学教育の中ではそれ程時間を割かれていない気がするし…少なくとも自分が受けた英語の授業では、そんなに重要視されてた記憶がない。増してやスペイン語の構文分析なんて、日本では知らない人が多分圧倒的多数…それをどう説明するか考えてる内に又別の疑問が湧いて来たり…

何度も中断して、随分長い年月がかかってしまいました。

語学や言語学の専門家の方から見たら、稚拙極まりない書き方かも知れませんが、少しは興味が湧いたり…したでしょうか?

最後に、この名詞的述語文の複文=『○○は××が〜〜』という形は、実は日本語では頻繁に出て来る、日本語の特徴と言ってもいい文型かと思うので、幾つか挙げてみます。

ジョンは背が高い。
この子は頭がいい。
象は泳ぎが上手だ。
私はラーメンが好きだ。
彼は根性がない。
私は車が欲しい。
彼女は頭が痛い。
私はとても喉が渇いて、水が飲みたかった…

最初の2つは「象は鼻が長い」と同じく、『い形容詞』を述語とする名詞的述語文全体が従属節として、主文の述語=『属性詞』となっている入れ子構造の複文です。
次の2つも構造は同じで、従属節に形容動詞=『な形容詞』が使われています。(「2. 『好き』と『好く』」で書いたように、日本語の「好き」は英語の「like」のような動詞ではない。)


次の2つは…

「ない」って形容詞だったっけ?  でも「欲しい」は英語の「want」だから動詞じゃないの?
一瞬そう思った方、「ない」と「欲しい」を活用させてみて下さい。どちらもなんとなく、『い形容詞』みたいに活用するでしょう?(※ 注 2)

ここまでは、品詞はともかくとして、「形容詞のように活用する」単語は、名詞的述語文を作るとしてもいいのだけれど…

…じゃあ「渇く」は? これはまさに5段活用の動詞じゃないですか!
そして「飲みたい」の「たい」は助動詞? でも活用は『い形容詞』と似てる?

更には「痛い」や「欲しい」の代わりに「痛がる」とか「欲しがる」となったらどうなるのか??

個人的には、「術部が形容詞又は形容詞のように活用する」というのは、所謂『象鼻文』を考える上でひとつのキーポイントではないかという気がするのだけれど…

何故なら「象は〜〜」の「〜〜」、つまり名詞的述語の部分に形容詞ではなく名詞が入った場合を考えると、例えば

「象は動物です」という単文に
「鼻は長い」というもうひとつの単文が組み込まれたとしても
「象は鼻が長い動物です」

となって、この場合の「鼻は長い」は「動物」という単語を修飾する形容詞節となり、又「象は」という主語に対して「動物です」、そして「鼻は」という主語に対して「長い」、つまり主語2つに対して、それぞれ対応する術部があり…なんだ、ごく普通の複文になるじゃないですか!?

…という風に、疑問は次から次へと湧いて来て、より綿密な検証、分析をするのは一素人の手には余ります。

残りの人生で、他にやって置きたい事、又やって置かねばいけない事も残っているので、『象は鼻が長い』はここで一旦完結とさせて頂きます。

ニッチなテーマに最後まで付き合って下さった方、心からお礼申し上げます。
日本語の構文分析という分野に少しでも興味を持って頂けたなら、幸いです。

 

※ 注 1:ちなみに、ブログ・タイトルの下に出て来る2つめの「象の鼻は長い」という文は、既にお気づきの通り、ごく単純な『単文』です。

 

※ 注 2: 国語文法では『「ある」は動詞だけれど「ない」は形容詞』とされているようです。
動詞「ある」の主語は『は』より『が』が使われる事が多い気がしますが、これは単文か複合文かを問わず、本来の『は』と『が』のニュアンスの違いによるのではないか?という気もする。

「5. 日本語の冠詞?」の最後に書いたように、『ある』という動詞はかなり特殊で、多少共知っている言語ー英・仏・西語の全てにおいて不規則動詞です。

これは「ある」(そして「ない」も)という概念が非常に原始的なもので、言語の発生する最も早い段階で生まれた言葉だからではないかと思う。スペイン語の勉強を始めて最初に突き当たる壁のひとつが、不規則動詞の活用かと思うのですが、よく使われる重要な動詞=「人間の生活に取って基本的な動作や概念を表す動詞」ほど不規則活用が多いのは、動詞の活用が規則化する以前に生まれた原初的な単語だからではないでしょうか?
一方「欲しい」の動詞形?は「欲する」で、「好きと好く」で述べたのと同じような、英語の影響で「欲しい」は動詞と思ってしまう現象が起こっていると思う。