9. 象が走る…
さて、スペイン語の構文分析を応用して日本語の構文分析を考えるというのは、個人的にはごくごく自然な流れだったのですが、でも大半の日本人にとってスペイン語は未知の言語で、又仮にスペイン語を勉強したとしても、構文分析という分野には余り踏み入らないのが普通でしょう。
なのでここでは、日本人にとってより馴染みのある英語の構文分析と比較しながら話を進めて来ました。
ちなみにスペイン語は「文法的な言語」と言われるのですが、それはスペイン語の文法が論理的に、非常にスッキリと整理されているからではないかと思う。
あくまでも個人的感想ですが、論理的でないとされている日本語も、スペイン語文法の力を借りれば、より論理的に整理できるのではないかと思えるくらいなのです。(※注1)
さて、スペイン語と英語の構文分析においては『6. 動詞ではなく「ツナギ」』で述べたように、大きく違っている考え方がひとつあり、それは英語の Be 動詞に当たるものが述語となる場合の分析です。
これは重要ポイントなので、くどいようですが簡単にオサライしておきます。
オサライ: スペイン語の構文分析では、英語の Be 動詞に相当する動詞によって形成される述語は『名詞的述語』として、他の『動詞的述語』とは区別して考えられ、英語では S(主語)+ V(動詞) + C(補語)とされる文型が、スペイン語では S(主語) + Cópula(ツナギ) + Atributo(属性詞=主語の属性を表すもの)という風に分析される。
オサライが終わったところで、文を幾つか並べてみます。
前回の最後にほのめかした(!?)ように、今回の例文は単文ではなく…という事は、ひとつの文の中に単文が複数ある『複合文(Oración Compuesta)』と呼ばれるもの。
この『複合文』は、それを構成する単文同士の関係によって『複文』と『重文』に区別される。
1. 象はたくさんの食物を食べ、大量の水を飲む。
2. 象は驚いて走り出した。
3. 象が逆立ちすると観客は拍手喝采した。
4. 象が走り出したら我々は追いつけない。
5. 野性の象はメス数頭とその子供で群を作り、オスの子供は13〜14歳位で群を離れる。
6. 象の群は仲間の象が死ぬと葬式のような行動を取る。
7. 象が賢い動物だという事はよく知られている。
8. あの大きな象が逆立ちするなんて信じられない。
9. 象が走る速さは実はとても早い。
10. 象が一日に食べる食物の量は 150 kg、飲む水の量は 100 ℓ にもなる。
11. 象の群は、大人の象が子連れの象のまわりをガードしながら移動する。
12. 象は象使いが言う通りに動く。
13. 象は象使いが与えたバナナを食べる。
14. 群の子供達が無事育つように、同じ群の象は母親と一緒に子供を守る。
15. 象は象使いが指差した観客にお辞儀をする。
16. 象は象使いが与えたバナナを観客に差し出した。
17. 野生の象は普通立ったまま眠るが、動物園の象は横になって眠る事もあり、野生でも大人の象に守られている仔象は横になって眠るそうだ。象が横になって眠るかどうかは環境によるのだろう。
どうでしょう?
それぞれ『複文』か『重文』か、そして『複文』や『重文』を構成する『単文』の『主語』と『述語』はどれか、見当がついたでしょうか?
上の文で赤字になっているのは、主語を表す助詞と思われる『は』(※注2)又は『が』です。
それがひとつしかなくても術部が二つあれば、隠れた主語(暗黙の主語)がある筈です。
又『は』と『が』の両方が使われている文がありますが、その『は』と『が』を入れ替えてみて下さい。入れ替えたらおかしい、つまり置き換えられない文章や、置き換えると意味が変わってしまう文章がある筈です。
例えば 12. の「象は象使いが言う通りに動く」を「象が象使いは言う通りに動く」としたら意味不明。仮に語順を変えて「象使いは象が言う通りに動く」とするのは、文法的には可能ですが、かなりおかしな意味になる。
ちなみに、「象が走る速さは時速40キロに達する」そうですが、「象は4本の足が全て地面を離れる事はない(※ 注 3)ので、象が走ると言っても、実際は速足で歩いている」という事です。
でも100メートルをトップスピードで「歩く」と9秒そこそこ、つまりウサイン・ボルト並みの速さです!
尚、例文を含め象に関する記述は『動物ネタぺディア』や『AFP BB News』その他ネットで得た情報を参考にさせて頂きました。
※注1: スペイン語の構文分析では、これまで述べて来た『名詞的述語文(Predicado Nominal)』、『暗黙の主語(sujeto tácito)』といった考え方の他に、『無人称動詞』によって形成される『無人称文』、他動詞から自動詞への変換などという考え方、そして更に『nexo』という、非常に便利な概念がある。直訳すると繋ぐものというような事になり、『名詞的述語文』における『ツナギ(cópula)』と紛らわしいのですが、例えば 1. の文の「という事」という部分や、国語文法で接続助詞とされているもの等がこの『nexo』だと捉えると、日本語の構文分析もかなりスムーズに出来る気がする。
※注2: 日本語文法において『は』は、主格その他の格を表す格助詞からは外されているようですが、『は』の働きのひとつが『主語を表す』事にあるのは疑問の余地がないでしょう。
そもそもそうでなければ「象は鼻が長い」という文に何故『主語』がふたつあるのかというような「悩み」は生まれなかった訳で…。
更に手っ取り早く言うなら、これらの文を英語に訳そうとすれば、先ず誰でも、『は』の前にある単語を主語に持って来る筈です。
ここでは単純に、「主語を表す格助詞の働きを持つ『は』と、そうでない『は』があるという風に考える事にします。
※注3: このイタリック部分にある『が』は正に『象は鼻が長い』的要素のある『が』で、又『は』は「主語の『は』」とは少し性格が違う気がするので、ここでは黒字のままにしました。