象は鼻が長い?

「象は鼻が長い」には何故主語が2つあるのか? 「象の鼻は長い」とどう違うのか? amteurlinguist が考える日本語の構文

8. 象は大きい

さて、前回『7. 暗黙の文法』の終わりに書いた「象は鼻が長い」と「象が鼻は長い」はどう違うのか?

(そもそも「象は鼻が長い」という文には、ひとつしかない述語に対して何故主語がふたつある…ように見える…のか?

これは日本語教育において散々議論されて来た命題のようで、『象鼻文』という呼び方まであるのですが、ここでは先ず、主語を表す『は』と『が』の違いに集中して考えて行きます。)

上のふたつの文の他に、更に「象は鼻は長い」や「象が鼻が長い」だって、状況によっては言えなくはないじゃないですか!

最初の「象は鼻が長い」というのは、《象というのは鼻が長い動物》だと言ってるように聞こえませんか?
二つ目の「象が鼻は長い」は、鼻が長い動物は? という問いに対する答えのような気がしませんか?
三つ目の「象は鼻は長い」だと、象は鼻は長いけど(例えば)目は小さいとか、他の特徴が後に続く感じ?
そして最後の「象が鼻が長い」は二つ目の「象が鼻は長い」とほぼ同じニュアンス?

こんな風に感じるのは私だけ?
それとも「暗黙の文法」によって、多くの方が同じように感じられるものなでしょうか?

一年以上も放置しておいて今更ですが、先に進む前にここで、前回触れた英語の構文分析(SVCO)に基づいて、次の文を分析してみましょう。

1. 象は大きい。
2. 象は賢い動物だ。
3. 象はサーカスの人気者です。
4. 象は眠る。
5. 象はアフリカやインドに住む。
6. 象はのっしのっしと歩く。
7. 象は仔象を守る
8. 象は鼻で水を飲む。
9. 象は長い鼻を振り上げる。
10. 象は仔象に乳を与える。
11. 象は群に危険を知らせる。
12. 象はサーカスの観客に花束を差し出す。

比較し易いように、動詞は全て現在形(終止形)にしてあります。

先ず 1.から 3. は英語の S+V+C という構文になる。

1.の文で V(動詞)はどこにあるの? と思った方は、文の最後に「です」を付けてみて下さい。
この文を英語に訳すとすれば、大抵の人は Be 動詞を使って "The elephant is big." というような文を作るのではないでしょうか。
そしてそれを再度日本語に訳すと『象は大きいです』と「です」を付けたくなりません?
『1. スペイン語の助詞?』でも書いたように、日本語の助詞 『は』には英語の Be 動詞、スペイン語の繋ぎ(copula)の働きがあるのではないかという事、そして形容詞が活用する日本語(『2. 好きと好く』)では形容詞だけで術部を形成する事が出来るという事です。

2. の『賢い』や 3. の『サーカスの』はそれぞれ『動物』『人気者』にかかる修飾語で、構文分析をする上で必要な部品ではない。大事なのは「象は」という主語(S)と「動物だ」「人気者です」という述語(V)だけ。

そして『象は鼻が長い』的には最も重要なのが、これらの文はスペイン語の構文分析では名詞的術部を持った名詞的述語文であるという事、そしてその術部は動詞+補語(V+C)ではなくツナギ主語の属性を表す属性詩(cópula + atributo)とされるという事を、ここでは覚えておいて下さい。(『6. 動詞ではなく「ツナギ」』)

同様に 4. から 6. は S+V の構文で、この構文に使われる動詞は自動詞 -- 手っ取り早く言うと直接目的語(dO)を必要としない動詞です。

それに対して直接目的語を必要とする動詞が他動詞なのですが、ちなみに、この自動詞・他動詞という概念が、実は日本語では非常に分かり易い! のです。
それは例えば「開く(あく)」(自動詞)と「開ける(あける)」(他動詞)のように、動詞の基本形(日本語で言う終止形)の形自体が違うから。

これがスペイン語の abrir のように、同じ形で自動詞(verbo intransitivo)として使われる時と他動詞(verbo transitivo)として使われる時がある、つまり「ドアが開く(la puerta abre)」と「彼はドアを開ける(él abre la puerta)」に同じ動詞の形が使われて、一方は自動詞、もう一方は他動詞と言われても、スペイン語のネイティブ達にはピンと来るのだろうか?
おまけに全ての動詞が自動詞と他動詞の両方ある訳ではなく、そのどちらかとしてしか使えない動詞の方が多い訳で、でも他動詞に se を付けて再帰動詞にすると自動詞になる…なんて言われたらどうする?
私がスペイン語のネイティブだった日にゃあチンプンカンプンかも。

論理的じゃない、分かりにくいと言われる日本語だけれど、他の言語より分かり易いところもあるじゃないですか?

話が脱線してしまったので元に戻して、上の 7. から 9. は S+V+O(S+V+dO)つまり直接目的語を部品として持っている文章で、10. から 12. は S+V+O+O (S+V+iO+dO)即ち間接目的語と直接目的語の両方がある文章です。

この間接目的と直接目的というのも、実は日本語ではスペイン語より分かり易い。
それは通常、直接目的には「を」という助詞が付き、間接目的には「に」という助詞が付くから。
「を格」「に格」なんて、どっかでやった覚えないですか?

ここで又脱線すると、スペイン語では「に格」つまり間接目的となる名詞の前に "a" という前置詞が付けられ、直接目的の前には何も付けられない。でも直接目的でも、それが人又は人に準ずる存在の場合は "a" を付ける事、とか、間接目的でも名詞を代名詞で置き換える時は "a" は付けない、とか言われたら…も一度どうする??

実際にスペイン語のネイティブの間では与格(に格)と対格(を格)の代名詞の取り違えが結構頻繁に起こっていて、leísmo、laísmo、loísmo などと呼ばれている位なのだ。
つまり "la"(「彼女を」、又は女性名詞を受けて「それを」と言うべきところを "le"(「彼女に」、又は「それに」)と言ってしまう、あるいは逆に間接目的なのに直接目的の代名詞である "la" や "lo" を使ってしまう事を指しているのですが、与格と対格で形の違う三人称の代名詞だから起こる混乱で、与格と対格が同じ形をしている一人称や二人称の代名詞では間違えようもないのです。

こうしてみると、日本語のネイティブがスペイン語を勉強するのも、それなりのメリットというかアドバンテージ、つまり有利な面もあるんじゃないかと思えて来たりして?

ちなみに今回挙げた12の例文は全て単文、つまり主語と動詞がワンセットだけ [述部がひとつだけの文章(注※)]…という事も覚えておいて下さい。

脱線の方が長くなった感があるけれど、今日はここまで。

 

注※: 単文というのは「主語と動詞がワンセットだけ」と書いた後で、ある日本語文法のサイトで「単文=術部がひとつだけ」とされているのを見つけて、書き足しました。
このサイトでは主語が「ない」ように見えても実は暗黙の主語があって、それが省略されている、それを補足すれば日本語もスペイン語と同じような構文分析ができるのではないかと考えて話を進めています。(『7. 暗黙の文法』)
改めてスペイン語における『単文(Oración Simple)』の定義を見直すと、『単文=主語(Sujeto)と述語(Predicado)がワンセット』となってました。
主語が省略されて「暗黙の主語(sujeto tácito)」となる場合を考えると、上記日本語サイトの単文の定義は分かり易い!
更に、スペイン語にも主語が全くない無人称文というものがある事を考えると、「単文=術部がひとつだけ』という方がシンプルでいい気もする。
但し、『術部』とはそれでは何かという事になると、日本語文法のサイトの中にはちょっと曖昧なものがあります。
又、スペイン語無人称文というのは、「ある」という動詞や天候を表す動詞などを述語とする限られた場合で、「明らかに意味上の主語があるのに省略されている(暗黙の主語がある)」ものを無人称文としている訳ではない事を言い添えて置きます。