象は鼻が長い?

「象は鼻が長い」には何故主語が2つあるのか? 「象の鼻は長い」とどう違うのか? amteurlinguist が考える日本語の構文

10. 象が走る速さ

さて、前回挙げた17の複合文ですが、既に述べたように、主語を表していると思われる「は」と「が」を赤字で表しました。
そして複文の主文(主節)と見做される部分を太字にしてあります。
という事は、太字部分のない 1、2、5 は、構成する単文の間に主従関係のない『重文』という事になります。

例えば 1 の「象たくさんの食物を食べ、大量の水を飲む」という文は、「象はたくさんの食物を食べる」という文と「(象は)大量の水を飲む」という2つの単文(文型は共に SVO)が、対等の関係で連なっており、主語は両方の単文に共通している為、ひとつは省略されている。
それに対し 5 の「野性の象メス数頭とその子供で群を作り、オスの子供13〜14歳位で群を離れる」では最初の単文の主語は「(野生の)象は」で2つめの単文の主語は「(オスの)子供は」と、主語の異なる2つの単文が連なっている。括弧に入れた「野生の」と「オスの」は、構文分析的には、主語の名詞を修飾する言葉です。

太字部分と細字部分の両方がある文においては、細字部分(従属文=従属節)が太字部分(主文=主節)の構成要素、例えば主語になっていたり、目的語、述語動詞等いずれかの要素を形容又は修飾しているのが分かるでしょうか?(※ 注 1)

例えば 3.「象逆立ちすると観客拍手喝采した」、4.「象走り出したら我々追いつけない」、6.「象の群仲間の象死ぬと葬式のような行動を取る」の3つの文は従属文(=従属節)が主文(=主節)の理由、目的、条件などを表しており、その為の接続詞又は接続助詞によって2つの単文が繋がっている。
これらの複文は、仮に英語に訳すなら、although, if などの接続詞を使うか、それを省略して分詞構文のような形になるでしょう。(分詞構文の場合、従属ではなくとなるので、2つ以上の単文による複文とは見做されませんが)

それ以外の複文は、実は英語だったなら関係詞、つまり関係代名詞や関係副詞を使った文になるような構造です。

…と言い切ってもいいのだろうか?
というのも、7.「象賢い動物だというよく知られている」と 8.「あの大きな象逆立ちするなんて信じられない」では従属文全体が主文の主語となっており、英語だと It ...... that ..... となるような文? こういう時の that って関係代名詞だっけ?という疑問が湧いたからですが、英語の文法的定義はともかくとして、

7. の文では「象は賢い動物だ」という従属文(=従属節)が「よく知られている」という主文(=主節)の主語になっているというのは納得して頂けますよね?
スペイン語の構文分析を応用すると、従属文(=従属節)の構造は『S + Cópula(ツナギ + Atributo(属性詞)』で、この文全体が主文(=主節)の S (主語)となっている。主文の構造は S + Vで、この V は受け身形…となります(※ 注 2)。

8. の文を同じように分析してみると…
主文は「信じられない」ですが、「象が逆立ちする」という従属文はその主語なのか、それとも目的語なのか分からない…
そもそも『なんて』って何よ? と思って検索してみたら、「副助詞『など』に格助詞『と』の付いた『などと』が音変化したもの」…なるほど、それは分かった(?)けど、主語? 目的語? どっち??

多分「信じられない」という術部の動詞(正確には助動詞『られる』)を「受身」と捉えれば主語、「可能」と捉えれば目的語という事になるのだと思うけれど…
「受身」と捉えるなら、従属文「象が逆立ちする」(S + V)を主語とする主文の構造は S + V、「可能」と捉えるなら、例えば「私は」というような主語が省略されている事にになり、従属文はその直接目的となって、主文の構造は S + V + O…

という事は、『受身』の「信じられる」は自動詞だけれど、『可能』の「信じられる」は目的語を必要とする他動詞という事になり…あれ? 前々回「日本語は自動詞と他動詞が区別しやすい」なんて言っちゃったけど、そうじゃないのもあった…

でもこれも、スペイン語の文法ではちゃんと整理されているのですね。「他動詞の受け身形は自動詞となる」!と。

改めて、色んな言語に共通する暗黙のルールがあるんじゃないかと思ってしまう。
いずれにしても、これも構成するふたつの単文が主従関係にある複文ですよね?

以下、簡単に
9.「象走る速さ実はとても早い」は従属文が主文の主語を修飾する形容詞の役割を果たす形容詞節となっている。
10.「象一日に食べる食物の量 150 kg飲む水の量 100 にもなる」には実は単文が4つ含まれており、9. と同じ構造の複文2つがお互いに重文の関係で繋がっている。
11.「象の群、大人の象子連れの象のまわりをガードしながら移動する」と12.「象使い言う通りに動く」では従属文は主文の動詞を修飾する副詞節となっている。
13.「象使い与えたバナナを食べる」の従属節は主文の直接目的を修飾しており(形容詞節)…
………

…ちょっと待て… 9. はこんな簡単な説明でいいのか?
この文では「象が」という主語に対して「走る」という述語動詞、又「速さ」という主語に対して「早い」という名詞的述語、つまり主語と述語が2セットある複合文に見える………が、ここで「走る」という動詞に注目すると、実はこの「走る」は、次の「速さ」という名称を修飾している動詞の連体形で、形容詞の機能を果たしており、述語動詞ではないんじゃないか?(※注 2)

という疑問が湧いて来たのですが、とりあえずここでは、「象が走る」(S + V)は主文の主語「速さ」を形容する形容詞節、主文の術語は「早い」で、文型は S(主語) + Cópula(ツナギ) + Atributo(属性詞) として置きます。

構文分析というのは実は数学的な側面があって、それを文学的に?言葉で説明しようとすると実にめんどくさい、そして興味のない人にとっては退屈なだけの文になってしまうので、深く立ち入る事は避けます。
興味のある方は是非、残りの例文や、又それ以外のどんな文でも、ご自分で分析してみて、疑問点や追求したいポイントがあれば、コメント等でご連絡下さい。

でも例えば 3. の文を「象は逆立ちし、観客は拍手喝采した」、4. の文を「象は走り出し、我々は追いつけなかった」と言い換えると、その複文が重文に変わるじゃないですか?

そう! 『は』と『が』は二つ以上の単文で構成される『複合文』において、それらの単文が同等の関係にある重文なのか、それとも『主節』と『従属節』の関係にある複文なのかを見分ける要素になる…って、どっかでやりませんでした?
二つの単文の主語がどちらも『は』なら『重文』、片方が『が』でもう一方が『は』なら、『は』のある方が『主節』で『が』のある方が『従属節』…
或いは英語の関係詞を習った時に、二つの文を関係詞で繋ぐと、日本語に訳した時に片方の主語が『は』から『が』に変わるという現象(?)を覚えている人もいるんじゃないでしょうか?

(例えば This is a book.「これは本です。」という文と He told mi on the book.「彼は本について私に話した。」 という文を関係詞で繋ぐと This is the book on which he told me.「これは彼私に話した(ところの)本です。」 となるというような現象)

それから従属文の主語『が』は時に『の』で置き換えられるとかって、大昔の中学国語文法でやったような…
例えば 12. は「象は象使い言う通りに動く」と言っても全然おかしくない。確か『は』>『が』>『の』っていうような関係があったと記憶している。

そこで中学時代の国語文法をオサライしようと思って検索したのですが、思うような記述が見つからず、中には、明らかに述語が二つあると思われる文を『単文』と言い切っているようなサイトもあったので、引用は諦めました。

というところで、次回はいよいよ「象は鼻が長い」の最終回です。

※ 注 1: スペイン語では単文も複合文も、そして主文も従属文も『文』(oración)なのですが、英語や国語、日本語の文法では、複文における単文の単位は『節』と呼ばれ、『主節』『従属節』と言うの方が一般的かもしれません。
ここでは単純に、主文=主節、従属文=従属節と思って下さい。

※注 2: 例文 7. を分析してみて、国語文法における動詞の連用形、連体形というのは、ユニバーサル言語的には一体何なんだろう? という疑問が湧いて来ました。
又 8. の文は最初『 象はその体を維持する為に沢山の食物を必要とする』としてあったのですが、この場合「その体を維持する(為に)」は、英語やスペイン語に直すと、動詞の活用形ではなく原形又は不定法を使うのが一般的に思え、という事はこれは(=単文)ではなくなのでは? そうなるとこれは複合文ではなく単文という事になる…と考えて、結論は出ないまま例文を書き換える事にしたものです。
どちらも自分で考えた例文なのに、イザ分析してみようとしたら次から次へと新しい疑問が湧いて来る…